造り手   久松 吾郎

 

1968  岐阜市に生まれる

 

1991  岐阜大学工学部機械工学科卒業

 

1991  スポーツ用品メーカー(ミズノ(株))入社

    スキー板・ゴルフクラブの設計開発に従事

                特許管理者、ISO9001QMS管理責任者、製造部責任者等を歴任

 

2014  自動車メーカー(トヨタ自動車(株))出向

    トヨタ生産方式の修行

 

2016  スポーツ用品メーカー帰任

    製造部の管理

 

2019  スポーツ用品メーカー退社

    最終役職 生産技術部長兼改善推進室長

 

2018  合同会社 Domaine Hisamatsu 設立/50歳

 

2019  岩利の畑造成・少量の苗初定植

 

2020  小松町の畑造成

 

2019/20 tetta株式会社(岡山県)でブドウ栽培とワイン醸造の研修

              (岐阜市・後継者等就農給付金事業)

 

2021  苗の定植完了 岐阜市認定農業者に認定    

 

2022  第115回酒類醸造講習ワインコース((独)酒類総合研究所)受講

 

2023  醸造所建設(完成6/8)・試験醸造実施(果実酒製造免許(試験限定)取得9/13)

 

2024  果実酒製造免許取得

 

2025末(予定)  1st release 


岐阜市在住

妻,三人娘,母,犬と暮らす

 

ワイン以外の趣味

ゴルフ,スキー,ウインドサーフィン

 

尊敬する人 

西部邁,Richard Dawkins

 

好きな言葉

急がば回れ,無知の知,神は細部に宿る

 

好きな流儀

TRIZ,トヨタ生産方式  

 

好きなワイン

BEAUPAYSAGE,Pierre Overnoy & Emmanuel Houillon 他多数


造り手の所信表明 : 2018年12月

 

ブドウ・ワインづくりに転職する理由を申し述べます。

 僕(肘を張るが由来の私ではなく歴史のしもべとして「僕」を使います)は工学部で機械工学を学び、入社後エンジニアとしてスポーツ用品の設計開発に携わってきました。

 スポーツの語源はdisport(離れたところへ移動し気分転換する・非日常を楽しむ)です。衣食住に満ち足りた人間(homo ludens)は遊戯を欲し、また、集まればゲームに興じるものであり、これが発展し、現代では学生の運動部活動やワールドカップ、オリンピックなどの文化を形成しました。今やスポーツ文化はグローバルコミュニティーの活力と安定に欠かせない、人間生活の一部となっています。そのスポーツ分野で使用される道具の生産・販売は、健全な人間生活に資する有意義な活動であり、永らくその設計・開発、生産性向上に携わることができたことは、僕の人生にとっても非常に価値のあることでありました。

 しかし、スポーツ用品に限らず昨今の工業製品は、メーカー間の過当競争・安売り合戦の結果、低賃金国生産からの輸入品が大半となっています。さらに低賃金国は移り変わっていくので、生産工場は固定化されません。ブランドマーケティングが中心となったメーカーは移り行く流行に翻弄され、ブランドの浮き沈みを繰り返しています。つまり、健全な人間生活に資するはずの生産活動が、実は生産者や社員の生活を、非常にダイナミックで不安定な状態に陥れているのです。資本主義、自由競争とはそういうものであり、だからこそ活力が生まれるとはいうものの、海を越えて果てしなく長くなったサプライチェーンや、極めて複雑な材料・構造・加工、そして生鮮食品のように次々と新製品が生み出され消費される商品サイクルは、それが毎日の生産であり安定した日常であるとは言い難い、まさに混沌であります。

 価値の生産という安定した日常と、覚束ない非日常を楽しむという文化が、より高いレベルでバランスが取れた社会にならないものでしょうか。さらには自然環境と持続的調和の取れた社会、簡単に言えば美しい風景が維持され、さらに向上する社会にできないものでしょうか。

 少なくとも僕自身の人生観として、このまま惰性で混沌と戦い続けるのは上等と言えないばかりか、少々うんざりです。では、何をすべきか。節目の50歳を迎え、また年初に父親が亡くなった今年2018年、二度とない人生を改めて考え直しました。親の世話になり学校を卒業するまでの25年、会社の一員として貴重な経験を積ませていただいた25年、そして健康寿命を75年とすれば、最後の25年をどのように過ごせば真善美に照らし合わせてよい人生となるのかについてです。

 永らくその魅力にハマり、夢に見ていたワインづくりが、その解答になり得ると思い至ったのは最近ではありません。ワインの生産はいたってシンプルです。ブドウという植物は、太陽光線と二酸化炭素と水による光合成によって酸素を吐き出しながら糖分を合成し、これを実にたっぷり蓄えてくれます。実がつぶれれば、酵母菌が糖分を食べて二酸化炭素を吐き出しながらアルコールを合成してくれます。付加価値を高める正味の作業はこれが全てです。人間は御日様と植物と微生物の仕事を邪魔しないように附帯作業を行うのみ。原材料を海外から調達することもありませんし、そもそも一旦苗を植えれば、樹が元気な何十年間、瓶と蓋とラベルを除き、材料調達そのものがありません。ワインができるまでに費やす化石燃料由来のエネルギーは高が知れており(ソーラーエネルギーはたっぷり使いますが)、社会や自然環境に対する影響が非常に少ない生産活動であると改めて気付かされます。

 大好きな山梨のワインBEAU PAYSAGE のラベルには「グラス一杯のワインで地球が変わります」と書かれています。真意は定かではありませんが、確かにワインには人間を突き動かす大きな力があるのです。BEAU PAYSAGE を口に含むと、土、草、花、果実、風の香りを強烈に感じます。そして小さいころ小春日和に寝そべった田圃のレンゲの絨毯や、駆け回った落ち葉でフワフワの林の風景を鮮明に思い出し、うっとりします。そこへ仲間が加われば、共感の会話が弾み、このワインが誕生した背景や経緯、さらには生産者の哲学にまで話が及び、小さくない何らかの影響を受けます。これは非日常を楽しむ文化として上等だと思います。ブドウ・ワインづくり、そして美しい畑の維持という日常を営みをながら、人間の心を揺さぶるワインを提供して非日常を楽しんでいただくということができれば、バランスの取れた社会の構築に少しはお役に立てるのではないかと思うのです。

 しかし一方で世の中にはどうでもよい普通のワインが多いことも事実です。アルコール飲料としての役目は十分に果たすのですが、感動を与えるまでには及びません。僕がつくるワインは感動を与えるワインでなければ意味がありません。しかし、どうすれば驚くほど感動するワインになり、どうすれば平凡なワインになるのか、現状僕には本を読み漁って学習した薄っぺらな知識しかなく、ワイナリーで御世話になり勉強させていただく予定ですが、地に足の着いた本当の知識は自らの試行錯誤によってしか培われないものと覚悟しています。自然の摂理として、ブドウの実験は1年に1度しかできません。75歳までに20回強のチャンスしかなく、1年1年真剣勝負になります。ホイジンガが著書ホモルーデンスでいうところのあそびの堕落に陥ることなく、誠心誠意真剣に良いワインを探求するということを、人生最終クール25年の入り口で、断固として決意しました。

 以上は公的理屈です。

 次に本来心にしまっておくべき私的感情を述べます。

 僕はワインが大好きです。美味いワインを飲むときは本能的悦びを心底感じます。毎日少量の美味いワインを安く飲みたい。普通の平凡なワインはそれなりに。。ならば自分で望みのワインを造ろう。これが第一の理由です。

 第二の理由は好奇心です。本当においしいワインを飲むたびに、その秘密を知りたくて知りたくてたまらないのです。書物の情報や生産者の話から、何となく想像することはできます。それを現地現物・事実で確かめたいのです。

 そして最後に、麻井宇介翁の至言である「宿命的風土論の超克」に応えたい。雨量が多い岐阜の、不適とされる田圃転用地でも人を感動させるワインができることを証明できたら麻井翁もさぞ喜ばれることでしょう。ボルドーの黎明期に湿地帯を改良した人々を思いながら、熱い思いと、エンジニアとしての科学的論理的思考で、死ぬまで僕の欲求を追求したいと思います。もちろん家族とその仕合わせを分かち合いながら。