ワインの味わいの説明に、「フルボディ」「ミディアムボディ」「ライトボディ」という言葉が使われることがあります。最近は「薄旨」系ワインという表現もよく耳にします。また日本のワインへの酷評の一つに「薄い」が使われることが少なくありません。これらワインの「濃さ」「重さ」は何を表現しているのでしょうか。
渋味や苦みの成分であり、また色素でもあるポリフェノール(アントシアニン、プロアントシアニジン、カテキン、フラボノール等)は知覚しやすく、これらがたくさん入っていれば、色が濃く、強い渋味苦味を感じますから、濃くて重いワインと表現されることになります。実際に、ポリフェノールの基本構造であるフェノール(C6H5OH)は密度が1.07g/㎤なので、まさに質量として重いワインとなるでしょう。
実は、ワインに含まれるこの重い物質は、ワイン醸造時に測定し記帳しなければなりません。それが「エキス分」です。アルコール分とともにエキス分は、ワインの仕込みの前後、製成、混和、加水の都度、国税庁所定分析法で測定し、その結果を記帳するよう酒税法第四十六条(及び付随する法令)で定められています。(ドメーヌヒサマツでは基本的に亜硫酸を使用しませんが、使用する場合、ある程度濃度を薄めた亜硫酸水溶液としてワインに注入します。これは加水と見做されるのか、その都度測定しなければならないのか、ちょっと気になります)
アルコール分は、ワインを蒸留し、水とアルコールだけを取り出したところに酒精度浮ひょうを浮かべて測定しますが、エキス分は、単純にワインに比重浮ひょうを浮かべて比重を測定し、次の換算式で算出します。
エキス分E=(比重S-アルコール分度数の比重A)×260+0.21 (15℃で測定)
簡単に言えば、ワインの比重が大きければ、エキス分が多いということです。国税庁所定分析法の説明では、次のように書かれています。
酒類に含まれる種々の成分のうち、これを熱した場合に蒸発しきる成分と蒸発せずに「残さ」として残る成分と大きく2種類あります。蒸発しきる成分には、水、アルコール及び揮発酸等があり、蒸発せずに「残さ」として残る成分には、糖分、アミノ酸、乳酸及びコハク酸等があります。エキス分は、これら酒類の味を構成する「残さ」成分を総称したものです。
この説明を見れば、エキス分は非常に重要な指標であり、アルコール分と合わせて測定、記録の義務は当然といえるでしょう。
ところが、ワインの瓶に必要な表示を定める食品表示法と酒類業組合法には、アルコール分の表示は義務化されていますが、エキス分は触れられていません。そのため、一般的にエキス分の多い少ないは全く無視されています。少し残念な気がします。ただし、エキス分が多い方が良さそうですが、重くて飛んでいかない成分が多いというだけで、それが何かは分からないので、エキス分が多いイコールおいしいとは限りません。でも、日本ワインの悪評に「薄い」があるのだとすれば、とにかくエキス分を多くすることが重要といえるかもしれません。
と、いうのも、僕が敬愛して止まないBeau Paysageのエキス分が半端ないのです。
ある論文に、日本ワインを中心とした赤ワイン29本の成分分析結果が掲載されており、エキス分(%)は、最小1.88最大3.62平均2.74となっています。そこで、もったいないと思いつつ、自ら測定したところ、Beau Paysage la montagne 2016はエキス分4.93(%)、Beau Paysage le feu 2018は3.53(%)となり、エキス分が非常に多いということがわかりました。やっぱりそうか、という感じです。多いエキス分が、甘い成分なのか、酸っぱい成分なのか、苦い成分なのか、(さらに分析しなければ)わからないので、ただただ甘いワイン、とにかく酸っぱいワインである可能性もありますが、いずれにせよ少ないよりは多い方が、おいしい確率が高まるのではないかと思います。せっかくエキス分の測定と記録が義務になっているのですから、エキス分の表示も義務化した方が飲み手に対して親切なのではないかと思う次第です。
因みに、表示がなくても、比重浮ひょうさえあれば、先ほどの換算式で誰でも簡単に測定できます。アルコール分0%の水は、当然比重1.00000、アルコール分10%で0.98662、11%で0.98547、12%で0.98435なので、これより比重が大きくなるほどエキス分が多いということになります。
ついでに重い成分の密度を調べておきましょう。
(甘い)
グルコース 1.56(g/㎤)
マルトース 1.54
スクロース 1.58
フルクトース 1.69
グリセリン 1.26
ソルビトール 1.28
エリスリトール 1.45
(酸っぱい)
酒石酸 1.79
リンゴ酸 1.61
フマル酸 1.64
クエン酸 1.66
酢酸 1.05
乳酸 約1.2
ピルビン酸 1.25
(旨い)
グルタミン酸 1.46
アスパラギン酸 1.66
イノシン酸 1.38
コハク酸 1.56
etc
さて、何がどれくらい入っているでしょうか?
(2024年2月)