プラスチックタンク

 ドメーヌヒサマツ醸造所は、発酵から貯蔵まで全てプラスチックタンクを採用しています。

 銀色に輝くステンレスタンクや、カーブに整然と並ぶ木樽には憧れますが、高額なため、零細ワイナリーには手が届きません。でも実はプラスチックタンクを使うのには、ポジティブな理由があります。

 一つ目は、軽いこと。タンクの設置場所を変えたり、高く持ち上げたりするのに軽いことは大変有利です。移動させるエネルギー消費量も少なくて済みます。

 二つ目は清潔なこと。木樽は穴だらけで、ブレッドやカビなど雑菌が繁殖するリスクが小さくありません。ステンレスほどではありませんが、プラスチックは表面が平滑で、雑菌の繁殖リスクは極少です。さらに、軽いので、手軽に洗い場まで運び、水で洗浄することができます。床を水浸しにせず、タンク全体を気が済むまで洗い流すことができます。

 そして三つ目は、ブドウに何も足さずに済むということ。熟成に木樽を使用する理由の一つは、木材からバニラやチョコレートの様なフレーバーをワインに加えることです。そのためステンレスタンクのワインにオークチップを沈めることさえ行われています。これでワインが美味しくなればOKなのですが、それって添加物と何が違うのでしょうか。テロワールを活かすとか、自然な造りとか言う割に、この木樽からの添加物に対するお咎めは聞いたことがありません。それは太古の昔から採用されている、それこそ自然な容器だからでしょう。しかし、見方を変えれば、ブドウ以外の添加物を無くすという目的には木樽は適さないといえます。もちろんプラスチックの場合は、そのプラスチックを成型する工程で、離型剤など添加物を使っていますので、これが完全に除去されていることを厳しく注意する必要があります。(因みにサンコー㈱にお聞きしたところ、ブロー成型では離型剤を使っていないとのこと)

 四つ目は、サプライチェーンが短いことです。ステンレスタンクも木樽もワイン用に市販されているものはほぼ全てヨーロッパ製です。その原料は、木樽であればヨーロッパの森、ステンレスであれば、鉄鉱石の産出国、クロムの産出国ということになりますが、いずれにしても遠い異国の地から船に乗って運ばれてきます。しかもタンクとなれば、殆ど空気を運んで来るようなものですから、運搬にかかる燃料消費は膨大でしょう。その点、特にドメーヌヒサマツで採用しているサンコー株式会社のプラスチックタンクは、本社が岐阜県瑞穂市で、金型も成形も近隣工場なので、原材料の石油は遠いアラブの国から運ばれているものの、サプライチェーンとしては短く単純です。また、ブロー成型という簡易な方法で作られているので、結果的に安価で入手することができます。折角ブドウを岐阜で作るのですから、タンクも岐阜産(あるいは国産)にすることは実に自然なことだと思います。(スクリューキャップは、日本製がなく、フランス・amcor社製STELVIN30H60を使用しています。これは段ボールにバラ積みされており、残念ながら船で空気を運ぶようなものです。)

 そして最後に五つ目。ポリエチレンが単純で好都合な物質だからです。例えば、木樽(植物の構造体)はセルロースでできています。セルロースとはC6H10O5が連なった高分子重合体で、炭素と水素と酸素だけからなる単純な物質ですが高い強度があります。光合成の産物です。他方、プラスチックの中でも、ドメーヌヒサマツで採用しているポリエチレンは、C2H4が連なった同じく高分子重合体で、最も簡単な構造をしたプラスチックです。炭素と水素だけでできており、セルロースより単純です。対称性が高い構造なので極性が殆どありません。そのため、他の物質とくっつきにくく、水は滲むことなく玉になって滑り落ちます。このため、ポリ袋など日用品や薬品の容器として重宝されていますし、スキー板やスノーボードの滑走面にも採用されています。何もくっつかないので、雪の上を滑るのに最適なのですが、逆にスキー板に接着することが難しく、僕のスキー板開発時代には、ポリエチレンにはさんざん苦労させられました。それが故に大変愛着がある素材です。ドメーヌヒサマツ醸造所はバケツ、スコップ、タンクまでポリエチレンだらけです。

 さて、プラスチック(ポリエチレン)を採用する理由は以上の通りなのですが、プラスチックに抵抗感を感じる方は少なくないかと思います。しかし思い返してください。弁当箱も、ペットボトルも、缶ビールや缶ジュースの内壁のコーティングも今や全てプラスチックです。未だに木製わっぱの弁当箱を使っている人を殆ど見かけませんし、みそ汁を入れるお椀の漆塗りは、そもそもウルシオールという天然のプラスチックです。プラスチックの原料を辿れば、石油であり、石油は植物の死骸が微生物や土砂とともに海底や湖底に沈み堆積し、数百万年から数千万年をかけて変化したもので、主成分は、炭素と水素の化合物である炭化水素(CH)です。頑丈で腐らないので、木や紙のように土に戻る速度が遅い分、目に付きますが、燃やしてしまえば水と二酸化炭素になり、やがて植物が光合成を経て土に戻してくれます。そんなにプラスチックを目の敵にしなくてもよいのではないかと思う次第です。

(2024/1月)